2012年05月23日

ブログ移転しました

勉強法の真実ブログは、下記へ移転して再開します。

続・勉強法の真実ブログhttp://totalcomune.blogspot.jp/

長い間、大勢の方にお読みいただき、感謝の念に耐えません。
移転先でも大いにがんばりますので、今後ともよろしくお願いいたします。

2012.5.22 
MJ・副室K




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2011年05月02日

小6からの中学受験 番外編その2


A野がギリギリ見えてきたころから、MJの寝不足が始まった。
首都圏模試の偏差値ランキング表をにらみながら、めぼしい中学をさがす。
A野やK玉社の出題傾向をにらみながら、問題を選定する。
問題を選定するためにMJが実際に問題を解く。
模試の経験値の少ないTくんに、「冬休み毎日模試」を開催するためだ。
授業の前に、塾に来てもらい、MJが指定した入試問題を制限時間内に解く。
その後の授業で解説。
つまり、MJもTくんと同じ(いやそれ以上の数の)入試問題を解かなければいけないのだ。

MJは他にも受験生を担当していたので、中学入試問題や大学入試問題を1日に何年分も解いていた。
解かなければ、テクニック以外のことは教えられない。
自分がどう解いたのかはもちろんのこと、一見しただけではわからない問題の難易度、「捨てるべき」問題、時間の配分、今の実力なら何点取らなければいけないのか、を講師が把握するためでもある。
最も大事なことは、MJの思考力が移植されているのかどうか…ということだ。

さすがに、4日も続くとTくんもふらふらだった。
疲れで模試に集中できない。
授業中の受け答えもおぼつかない。
「休憩するか?」
MJが促すが、Tくんはひたすら難問に挑戦している。
毎日毎日、TくんもMJも入試問題を解き続けた。
2人の必死な姿は、先生と生徒には見えなかった。
巨大な壁に立ち向かおうとしている「戦友」のようだった。

確かに、MJは口下手で、想いをうまく言葉にできないところがある。
「大丈夫だ。合格できるぞ。」
などという軽薄に聞こえる鼓舞は絶対にしない。
「自分次第だ。」
と冷たくも聞こえるような一言を残すのみだ。

Tくんを最後に送り出すときだって、
「……うん。……普段どおりでな。」
くらいしか言えていなかった。
言葉少ななTくんも
「……うん。まあ、やってくるよ。」

本当は、いろいろ伝えたいのだが言葉にならないのだろう。
ただ、Tくんに、MJの「想い」は確実に届いていた。
Tくんは胸を張って教室をあとにした。
「戦友」に言葉はいらない。
Tくんは、MJとともに闘い抜いたのだ。


我々は、思考力の種をまきます。
その思考力に水をやり、肥料も与えます。
しかし、芽を出すかどうかは、その子次第のような気がします。
芽を出したいという意志というか。
芽が出たら、あとは日当たり(環境)だけ気にしてください。
勝手に、葉っぱをつけて光合成をするようになります。
立派な実をつけるようになります。

Tくん、きみはMJの門下生だ。
MJの門下生は、一人の例外もなく「自分で決めた目標は何が何でもクリアする」。
MJは「忘れてくれ」と言っているけど、私は「MJとの日々は忘れないでくれ」と言いたいな。
だって、きみが全力で闘った日々だもの。
きっと将来、思い出して歯をくいしばれるから。
「あのときがんばったんだから、今度だってやれるさ。」って。






2011年04月26日

小6からの中学受験 番外編


副室Kが番外編を書きます。


Tくんが高輪中に見事合格した軌跡は、MJが書いた。

Tくんの合格までに、実は、隠されたエピソード満載なのだが、少しだけ紹介させていただきたい。
Tくんの中学受験に関して、Kは第三者の立場で客観的に見ていた。
授業を担当もしたが、あくまで、TくんVS MJ であった。

もし彼が、他の塾に行っていたら、果たして「受験してよかった」と思うことができただろうか。
MJは「他の塾なら…」「他の指導者なら…」と書いていたが、客観的に分析して、それはない。
合格体験記にもあるように、Tくんは、小6の夏までいわゆる受験算数のテクニックなるものはゼロであった。
ゼロだったが、工夫と思考力で何とか答えが出せていた。
その、彼独自とも言える方法を「よし」とできる指導者がどのくらいいるのだろうか。
受験算数のテクニックに当てはめて解かせれば、教えるほうは楽だ。
よって、普通は「解き方」を統一化し、講師の型にはめようと試みる。
しかし、彼のように独自の考え方で解く生徒もいる。
型にはめられるのが苦手な生徒もいる。
統一化された「解き方」に疑問を持つ生徒もいる。
「解き方」の暗記でつぶされかかってしまう生徒もいる。
それなのに、「解き方」を教えて、莫大な反復練習をさせる。
そこに真の「思考力」はない。
生徒独自の考え方が正しい思考の積み重ねなのかどうか、類題にも応用できる一般化ができるのかどうか、問題の難易度があがったとしても対抗できる考え方なのかを判断しなければならない。
これができるのは、本当の「思考力」とは何かを常々意識している者だろう。
その点で、まさに、MJはTくんを導くのにぴったりだと思っていた。
MJは、受験算数のテクニックを教えていたわけではない。
いつも授業ブースから聞こえてくるのは、
MJ「これ、どうやって解いたの?」
Tくん「これは、この部分とこれの差が…   だから…   で、この答えになった。」
MJ「俺は、○○○に注目して、差を考えたんだが… で、この部分は、こうで…」
というやり取りだった。
MJは、Tくんがどうやって解いたのか説明させ、次に自分がどう解いたのかを示していた。
まるでお互いが研究発表をするかのように。
そして、その話し合いから、Tくんは、MJの「思考力」を感じ取っていった。


つづく


2011年04月20日

合格体験記 小6からの中学受験その3


それでも直前期は、お母様もちょっと本気になってしまったようだ(ほほえましい範囲だが)。
Tくんが疲れてしまったのでちょっと休ませたりしたこともあった。
原因は多分、最後の模試。
A野がなんと、もしかしたら引っかかるかもしれないところまできてしまったからだと思う。つまり、合格可能性がわずかながら出てきたのだ。
たった6ヶ月で、A野がボーダーラインに入ったのだから、誰だってまだまだ伸びると思うだろう。
Tくんにとっては最後の関門だ。
A野に合格するにはスピードも足らない。
まだミスもある。
逆に言えば、A野に合格するには、ノーミスでかつ、捨て問を見極めなければならない。
それには経験が足らなすぎる。

さらに、引越しのため、Z子開成を受験せず、K玉社を受験したいと言う。
A野―Z子開成ラインなら出題傾向も似ているし、A野対策がすなわちZ子開成対策となったのだが、K玉社は出題傾向がまるでちがう。知識問題が多いのだ。
これでは、新たにK玉社の対策をしなければならない。
A野対策に割ける時間が減ってしまう。
私も何度か進言したが、過去問を解けばK玉社はぎりぎりボーダーラインに入っているので、受けさせてみたいと言う。
結局、A野もK玉社も、当日にTくんがポテンシャルを発揮できるかにかかっている。
滑り止めは、S陵と高輪。首都圏統一模試で、前者は偏差値55くらい。後者は偏差値59〜60だ。後者は、近隣で言えばY手に近い。Y手は模試で上位での合格と出ているので、高輪も大丈夫だろう。
しかしK玉社の動向は志願者増。前年並ならたぶん合格なのだが・・・

1月31日。
最後の授業。
ぽつぽつと話し、今までを振り返る。
たった半年の付き合い。
でも濃い時間を過ごしたので、思い出がたくさん出来てしまった。
よく鼻血を出していたこと。
高得点を出してウヒウヒ喜んでいたこと。
授業中に頭が働かなくなって、喝を入れられては次の授業で見事に立ち直っていたこと。
1月に入ってからは「はやく友達と遊びたい」が口癖となっていたこと。
「○○がねぇー」という口調。

受験生を送り出すとき、私はいつも「もっとできることがあったのではないか?」と自分を責めてしまう。
「私よりもっとよい指導者がいたのではないか?」
「他の塾ならもっともっと偏差値が上がったのではないか?」(副室K注;Tくんの偏差値は10以上上がっています)
私は強制力に欠けるところがあり、自主性を尊重してしまう。
わざとらしく気力を鼓舞するパフォーマンスができず、絶対受かるよ大丈夫だよ、なんて軽々しいことも言えない。
すべてを伝えきれたかどうか自問自答しながらも、しかしここまでを振り返れば、Tくんも私もいつも全力だったと自負できた。
「よくがんばったな。やれることは全部やったぞ。でも、最後の扉を開けるのは、おまえ自身なんだ。最後は気力の勝負だ。どんなに難しくても、最後まで絶対にあきらめるな。」
顔で笑って心で泣いて。抱きしめたくなる気持ちはハイタッチに変えた。
すっきりとしたTくんの顔を見れば、文句も言わずについてきてくれたこいつと、私に賭けてくれた親御さんに感謝するだけだった。
必死に楽しんだ日々が、Tのやりきったという表情が、憂いをすべて消し去ってくれた。


2011年も5万人近い小学生が中学受験をした。
そのうち何人の子供が、親御さんが、「受験してよかった」と思えただろうか。
今となれば、合格したよと顔を出してくれた日よりも、送り出した1月31日ばかりを、出陣のときのTくんの表情ばかりを思い出してしまうことに気付く。
結果を恐れる必要のない受験生活だった。
「受験してよかった」は中学受験に限らず、やりきったと思えれば誰もが迎えられる境地であるはずだ。
結果は、ほんのエピローグにすぎない。

ついこの間の3月、Tくんに電話をした。
4月から新天地に引っ越すので荷造りを手伝っているという。
私「港南台のこと、忘れないでくれよ。」
T「忘れようにも忘れるはずがないよ。」
また涙が出そうになったので、短い電話を切った。
それで新住所を聞くのを忘れてしまった。
はがきを出せば転送されるだろうか。
しかし、これから先、私が塾が必要にならないほうが、彼のためであろう。
半年間私が求めてきた思考力が当たり前となり、私のことを忘れたとき、彼には私の伝えたかったことが身についたことになる。
Tくんよ、どうか私のことは忘れて、いつも前進するような生き方をしてくれ。







2011年04月18日

合格体験記 小6からの中学受験その2


Tくんがどれくらいノーテクだったかというと、例えば、首都圏統一模試の第1回を受けた段階では、算数は計算ミスしまくり、国語も算数も時間配分が分からなかった。
社会は習っていない範囲があり、理科には当然苦手分野がある。
合格判定では、Y学院は合格圏にいるものの、A野もZ子開成も厳しいもの(当然だが)。
しかし、計算ミスや時間配分はすぐに改善できそうだった。
算数なんかは計算問題も大問も1つ5点でいっしょ。
国語も、教室では解けるので、実戦練習が足らないだけ。
社会の未習範囲は速習すればいい。
そのことをTくんもご家庭も理解してくれて、次の首都圏統一模試では総合点で65点も上がった。
そして、Z子開成がぎりぎり可能性のあるラインに乗った。

これでTくんもノレたし、ご家庭もノレたらしい。
嬉しかったのは、ご家庭でも楽しみながら勉強してくれたことだ。
漢字や計算などの基礎練習をしていただいたこともありがたかったが、
なにより、お父様が興味をもってくださり、「図形パーティー」を開催してくれていたことだ。
特殊算を教えることはご家庭では難しくても、図形問題であれば、中学の図形が出来れば何とかなる。
テレビ番組でもやっているくらい、本も出ているくらい、中学入試の図形はパズルのようで楽しい。
しかし何より、ご家庭でご両親が子供と一緒に楽しんでくれれば、子供もご両親もストレスがたまるどころか家庭円満になること間違いなしだろう。
「小6からの中学受験で家庭円満」なんて理想的過ぎるか?
いや、家族が一つの目標に向かって盛り上がれるなんて、そうそうないだろう。
個人的にも、うらやましいなあ、いいご家庭だなあと思ってしまった。


つづく




2011年04月15日

合格体験記 小6からの中学受験その1


小6からの中学受験を謳っているのだから、それを理解して入会していただき、一緒になって必死に実践し、その結果合格して喜んでもらえれば、もちろん私だって嬉しい。
それがやり甲斐でもある。
しかし私が欲しいのは合格なのか?と自問してみれば、素直にyesとは答え難い。
なぜなのか?

2月4日、Tくんのお母様から電話をいただいた。
「A野はやっぱりダメでした。でも高輪に合格したので、本人はとても喜んでいます。すっかり高輪に行く気になっちゃって。そういうわけなので、6日はどこも受けません。」
とおっしゃった。
第1志望に不合格であった以上、私は祝辞もそこそこにお詫び申し上げた。
「い〜え。A野は夢でしたから。6年生の7月から勉強して、A野に入っちゃったらそれこそ申し訳ないですよ。あの子はすごく喜んでいるし、高輪は気に入った学校なので、受験してみてよかったです。ありがとうございました。」
私は涙をこらえてお母様にお礼とお祝いを述べた。
私が聞きたかったのは、きっとその言葉なのだ。
もちろんお礼が聞きたいのではない。
「受験してよかった」の言葉である。


Tくんは2010年7月に体験授業にやってきた。
公立小に通う、ごく普通の小6男子だった。
中学受験をしたいという事情は、そのときに聞いた。
中学の途中で転校してしまうことになるので、いっそ私立に入れるものなら入りたいとのことだった。
入塾時の志望校は、首都圏統一模試で偏差値52くらいのY学院。
体験授業で、十分可能だと判断できた。
でも本当に入りたいのはA野。Z子開成も魅力だという。
A野は残り時間の問題もある。ポテンシャルをどこまで引き出せるかも問題だ。
しかしZ子開成なら・・・?
A野と問題傾向も近い。知識問題が少なく、ポテンシャルを試す良問だ。
現実的である。

Tくんには、当然だが穴はあった。
小学校のテストでも満点は取れないらしい。
計算ミスをしてしまう。できない問題もある。苦手な分野もある。
中学受験テクニックはまったく持っていない。
しかし、算数において、今持っている知識を使って必死に入試問題に取り組んでいた。
そして、A野やZ子開成の過去問でも、地道に、ときには数えたりして正解を出した。
比もまだ学校で習っていないのに、だ。

前述したが、A野とZ子開成の算数の問題は良問が多い。
明らかに特殊算を使わなくてはならない問題が少なく、思考力で解ける問題が多いのだ。
必要なのは、あきらめずに答えを出す姿勢と、少しでも算数を面白いと思えることだ。
Tくんは幸運なことに、そのいずれをも持っていた。


つづく





2011年04月06日

2011合格体験記 序章その2



以前、このブログでも「なぜ勉強するか」において、「勉強しなくてもよい、勉強する動機は人それぞれだ」と書いた。
さらにブログで「後天的に身につく頭のよさについて」について語り、思考力について言及した。
さらに書かなければならなかったことがあったため、老子を持ち出した。
それは、受験は人に勝つことではなく、自分に勝つことだということだ。
目標とする大学があったとする。
その大学に合格するためには、人に勝つ必要はなく、その大学が求める人材になればよいだけの話だ。
その大学が求める合格点を取ればよいだけである。
その考えは、大学受験に本気で取り組んだ人ならば誰でも迎える境地であろうと私は信じる。
敵は、覚えられない自分。
克服しなければならないのは、サボりそうになる自分。
叱咤激励しなくてはならないのは、あきらめそうになる自分。
そして身に着けなければならないのは、本番で使えるだけの思考力なのだ。
敵なんか、自分以外のどこにもいない。

固有名詞を出して悪いが、明治に受かったら日大に入ったやつに勝ったことになるのか?
早稲田に受かったら、明治に入ったやつに勝ったことになるのか?
そんなことはあるまい。
本気で受験に取り組んで合格したやつは、人と比べて優越感を感じたり劣等感を感じたりは、決してしない。
早稲田でも日大でもどこでもいい。入りたくて入りたくて、浪人して、壮絶なまでに自分を追い込んで、それでやっと合格したやつが、人を見下したり他大学に劣等感を持ったりするか?
合格はそいつだけの価値。自分を知り、自分を克服して満足を知り、それを一生の糧とする。
不幸なはずがなかろう。

小6の夏から受験勉強をして見事高輪中学に合格したT、決してレベルの高いとはいえない高校から専修大に合格したN・横浜薬科に奨学生で入ったR、泣きながら勉強していたM、夏まで野球をしていて明学一本勝負したN、浪人して初志貫徹、早慶上智を総ナメにしたF、湘南白百合中に内部進学を果たしたAさん、本番に弱かったK、AO・指定校推薦で希望校に入ったI、H、みんながんばったな。
力の足らない俺に、よく不満も言わずついてきてくれたな。
成長した姿を見せてくれて、ありがとな。

合格したときの気持ちを忘れなければ、君たちはきっと幸せになれる。

老子さんがそう言っている。







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2011年04月05日

2011合格体験記 序章


「足るを知る」という故事成語がある。
現状に満足しろ、と消極的な意味に捉われがちだが、実は違うことが読み下し文を読むとわかる気がする。

(読み下し文)
人を知る者は智なり、自ら知る者は明なり。
人に勝つ者は力あり、自ら勝つ者は強し。
足を知る者は富む。
強めて行う者は志あり。
其の所を失わざる者は久し。
死して而も亡びざる者は寿し。

(現代風意訳)
人を知るには情報が必要だが、自分を知るには本当の頭のよさが必要だ。
人に勝つ人は力がある人だが、自分に勝つ人が本当に強い人だ。
満足を知る人が本当に心豊かな人だ。
そのようにがんばる人は、それだけで意思の強い人であり、それで十分である。
それらを忘れない人はずっと幸せでいられる。
たとえ志半ばで死んでも、それらを忘れなかった人は長生きできたと言えるのである。

・・・まあ、最後の2行は説の分かれるところでもあるので私なりの解釈(思いっきり独断)だが、私も不惑を超えて理解できたことでもある。あ、孔子が混じった。
老子の逆を言えば、力で人を従え、空気が読めず、いつも不満ばかり言っている人に魅力のあるはずがない。そしてそんな人になりたいとは誰も思わない。
人の幸不幸は相対的かもしれないし主観的なものかもしれないが、誰からも眉をひそめられるのであれば、その人は少なくとも幸せではないということなのであろう。
私が言ったのではなく、老子が言ったのである。念のため。

で、老子の道徳経を引用して、はてさて何が言いたいのかといえば、学習に対する考察である。
人生を貫く学習感というか、結局何のために勉強するかというか。

つづく




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2011年03月16日

東日本大震災について


連日、痛ましい報道が繰り返されている。
お亡くなりになった方々に心よりご冥福をお祈りするとともに、大切なご家族や友人を亡くされた方々、家を無くされた方々、健康を害された方々が、一日も早く平穏を取り戻せるよう願って止みません。

MJは自分の無力さが情けなくて、気がつくと眉間にしわを寄せている(らしい)。
塾に何ができるわけでもないが、このもどかしさをどうにかしたいと考えた。
しかし、「塾だから何もできない」は正しい発想だろうか?
思わず発してしまう言葉も、1つ1つ疑ってみることが肝要だ。

本日の朝日新聞夕刊に「被災地の子供たち」と題された写真が載っていた。
10リットルの灯油を運ぶ6歳の男の子。
7歳の妹と線路にたたずむ10歳の男の子。
わずかな光でゲームをする子。
見るだに、心の奥底から、決して忘れてはならないのに平和な日常では意識されない、哺乳類の大人としての怒りがわきあがってくる。
それは、守らなければならない存在を守ってやれなかったという、本能に近い感情だ。
それを感じたのは、まさか私だけではないだろう。

慶応大学文学部2007年度入試の小論文では、包囲されたサラエボで戯曲を演ずることの是非と、戦争と文学の関係を問う問題が出されていた。「戦争の対義語としての文学」(岡真理)からの出典である。
合格点を取ることに必死で、時間制限のある入試において受験生が深く考えることなど不可能だと思われるが、文学と人間と社会の本質を問う、入試に使うにはもったいない問いだなあと感心した覚えがある。
普段から物事を哲学的に考えていた受験生だけが、出題者が期待するレベルの回答できたと思われる。

まあ私の感想はどうでもよいとして、問題文中でサルトルは「子供たちが飢えているとき文学に何ができるか」と問うているが、まさに「教育に何ができるか」「私たちに何ができるか」が、今、問われているような気がしてならない。

問題文中で筆者は「バルコニーに出ただけでイスラエルの狙撃兵に頭を打ちぬかれる。日常それ自体が狂気と化した情況の中で、だからこそ、本を読むことが希求されていた・・・何にも増して、切実に」と表現している。
内戦で荒れた地区の子供らが、「学校に行きたい」と口を揃えるのと同様だ。
理屈ではあるまい。
人間としての尊厳を回復する方法の1つが、教育(決して狭義の「勉強」ではない!)と教育の場なのである。


今回の被災地の話に戻る。
命の危険が去った後、子供たちが次に望むことは何か。
親を家を失った子供たちにとって、何が必要なのか。

思うに、親戚に引き取られるだけが、彼らにとって最良の方法ではない。
もちろん、長期的に見れば、親戚があるならば、親戚に育てられることは最良の方法だと思う。
しかし、年齢にもよるが、子供にもそれまで生きてきた環境、つまり土地や人間関係があるわけで、場合によってはそれを壊さない方法、例えば児童福祉施設などへの入所、とくに一時的な入所がふさわしい場合もあるかもしれない。
同じ境遇の子供と気持ちを共有したり、友達がいることを確認したり、生き残った年上の存在、つまり教師や近所の大人たちとの時間を持ったりした後に、将来を考えられる場所へ移ったほうがいい場合もあるかもしれない。
一時的にでも、近所の人たちが安心して共同生活ができる仮設施設があれば、いきなりまったく異なった環境におかれるよりも、少しでも救われる子供がいるかもしれない。
物資がもちろん最優先だが、もうちょっと落ち着いたらば、子供と身近に接している保育士や教師を、ぜひ現地に派遣していただきたいと思う。
保育士や教師は、もちろん単なる講師である私も、勉強だけを教えてきたのではない。
子供にたくましく育ってほしいと、そう願う大人たちを、ぜひ現地へ、と頭突きしながら懇願する。

他に、例えばお笑い芸人、アイドルや歌手、俳優など、行ってもらえれば被災地の人々が元気になるかもしれない。
もちろん、そんなことより物資が優先だけれども、
しかし、でも、その次は・・・
子供たちのことを考えてほしい。

私だって現地へ行きたいが、私よりふさわしい人はいくらでもいらっしゃるだろうし、また私にはまだそれだけの力がない。
だからせめて、今は、わずかながらの義援金をお送り申し上げ、かつ、神奈川にいる子供たちに、たくましく生きる術と気力を私は伝える。
偽善かもしれないが、今は私ができること、やらねばならないこと、最も役にたてることは、それであると思う。
どうか許していただきたい。








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2011年03月10日

毎日塾の実態


「毎日塾」というシステムを開発した。
「毎日塾」はシステムの名前、もしくは冠であって、塾名ではない。
塾名は「フェザースクール」という。あしからずである。

ではなぜ「毎日塾」なのかというと、勉強は毎日したほうが効果があるからである。

あ、話終わっちゃった・・・

そこで私の中学時代の話でもしようかと思ったが、25年前の話など誰も聞きたくないと思われるので、現代の話をしよう。

塾というのは面白いことに、塾に居ついてしまう子と、そうでない子がいる。
また、今までぜんぜんいつかなかった、つまり授業開始と同時に塾へ来て、終了と同時に帰ってしまっていた子が、突然、毎日来るようになることもある。
多くは受験がきっかけであるが、受験学年でない子にも塾への居座り(悪い意味ではない)は見受けられる。
以前は友達や講師としゃべるのが目的の子もいたが、いまではそちらは少数派で、みんな黙々と勉強するために塾にいる。

そりゃぁ、塾のほうが便利だろう。
テキストはたくさんあるし、コピーが使える。
同じページを2〜3枚コピーして繰り返しやれる。
静かだし、集中できる(勉強以外にやることがない!)。
質問や、何をやるかのアドバイスも受けられる。
水やお茶や飴がある。時には食い物もある。

そして何より、家で勉強しなくてよい。
これは気が楽である。
親御さんには「塾で勉強しているから」と言える。
親御さんは「本当に勉強してるんですかあ〜?」とよくお尋ねになるが、本当に勉強しているのだから「していますよ。ご安心ください。」としか答えられない。

では、実態を少々。

毎年、高3や浪人の一般受験組がいる(当たり前だが)。
彼らは受験が近づくにつれて塾にいる時間が長くなり、ついには朝から晩までいることになる。
ほとんど起きたまま来ており、身に着けているのはほとんどパジャマ(男子の場合だが)。
風呂に入っているかどうかも怪しい。
そんなナリで、コンビニの袋をさげてやってくる。
そして、いつの間にか出来上がった“指定席”に座る。
指定席には、勉強道具が前日のまま散乱し、ホワイトボードにはどうしても覚えなくてはいけない表が張られ、「うかるぞ!」とか書いてある。
友人が近くの席にいても、勉強中はまず私語をしない。
チャイムを目安に休憩を取るという1日のサイクルが出来上がっている。

(時間切れのため、つづく)

フェザースクール連絡先
mail:featherschool0301@ybb.ne.jp
045-833-9328




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2011年02月23日

ごあいさつ

MJでございます。
約1年ぶりの更新となってしまいました。
それまで読んでいただいていた方々には、まことに申し訳なく思っています。
一方で、更新していない間にもたくさんの方に読んでいただいていることを知り、「いつか続きを」と思い続けていました。

さて、1年ぶりで大変恐縮ですが、この度、横浜トータルアカデミーは、この2月をもちまして、7年間の幕を、いったん閉じることとなりました。

ご愛顧いただいた皆様には、言葉では感謝しつくしませぬ。

教室を閉じる段に至って、生徒たちから「さみしい」「ここが好きだった」などと聞くと、なんでこんなボロがいいの? なんて感じつつも、居場所として愛着を持ってくれていたのだと、今の子はドライだなどと言いつつも昔と変わらぬ多感な時期の少年少女なのだとあらためて気付かされ、ちっちゃなボロ教室であるというだけで過小評価していた自分を恥じています。

今回の教室閉鎖は、実は発展的閉鎖であります。
私の魂は副室Kとともに飛び立ち、従来になかった、そして私がずっとやりたかった、「個別塾の完成形」へと向かいます。
だからこそ「さみしい」ことなどないはずだと思っていました・・・
人の心は理屈だけでははかれないのですね。


7年間、どうもありがとう。
私も成長させてもらった。
すごく楽しかった。
また会いましょう!

(実は、つづく)

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2010年04月14日

横浜トータルアカデミーについてその2


塾関係者にとって、春には気持ちのリセットが必要だ、という話の続きです。

全然関係ありませんが、ヒゲを放置した頃から、銀行や郵便局に入るとすぐに係の人が飛んできて「どんな御用ですか?」と聞かれる気がします。自意識過剰でしょうか・・・

さて、春という季節には、傍から見ると私は腑抜けに見えるかもしれない。
しかしそんな油揚げのような状態はせいぜい半日くらいのもので、実は頭ではいろんなことを考えている。

今年の春は、「教室を模様替えしたいなー」と強く思っていた。
休むに似たりの空想のようだが、私にとっては実はそんなんではない。
小中学生と高校生では、やはり別々に扱わなくてはならない→場所を分けるのはどうか→スペースに限りがある→では、スペースを作るには→生徒の憩いのスペースも確保したいし→講師のスペースだって大切だ
などど思考をめぐらせた上での結論なのだが、副室に「模様替えをしたい」と言ったら「それなら、まず古いテキストを捨てなくちゃ」と言われ、莫大なテキストを眼前に剥製になってしまったのである。
よって、まだ模様替えはしていない。

その実、模様替は塾のこれからと密接な関係がある、と言ったら言い過ぎであろうか。
だって、小中学生と高校生を分けて考えることは、中学生と高校生の授業スペースを分けることである。
とすると、中学生と高校生のペアで1対2の授業をしないことになる。

さらに私の授業スタイルや塾としてのやりがいを考慮すると・・・

1、中学生は(ある程度であるが)「量」も必要である。
2、しかし、中学時代に構築した思考回路や勉強に対する方法・姿勢は、大学受験やその先でものすごく役に立つ。
3、中学生なら、正直、どの学年・どの科目でも1対3や1対4が、私や副室ならできる。
4、以前から私は、授業料は高いよりは安いほうがいいと思っている。
5、ただし、高校生は1対3はできない。
6、高3や受験生の英文解釈・英語長文・現代文・古文の大学受験レベルは、正直1対1でないと満足できない。

なのである。

そこで・・・


長くなりました。
つづく






2010年04月09日

横浜トータルアカデミーについてその1


塾関係者と話していると、
「春って、気持ちのリセットが大切なんだよね。」
と言い合うことがよくある。
受験期は気持ちが張り詰めっぱなしで、その日や翌日の授業準備だけでも、気持ちも時間も追われまくる。
来年度の構想?などを考える余裕などないのである。

特に個別では中高大の受験すべてを生徒とともに過ごすので、(大学受験のAO・推薦系はちょっと時期がずれるが)、

センター試験→私立高校推薦→公立高校前期→中学受験→私立大学受験→私立高校受験→公立高校後期・学年末試験→国公立大学受験

と、年が明ければ2ヶ月間もノンストップで緊張している。

その緊張が融けた瞬間の人間の心は・・・想像していただけるだろうか?
脳全体が弛緩する感じ・・・
表情がまったくなくなり、口は半開き。
見方によってはニヤけているようにも見える。
首は据わらない。
猫背になる。
手は幽霊のように何となく前に突き出している。
なんて大げさかもしれないが、少なくとも半日や1日はそんな見てくれになるような気がする。

・・・さて、いつになれば本題に入るのか?


つづく




2010年04月06日

ご無沙汰です


お久しぶりです。
横浜トータルアカデミーの塾長、MJでございます。
しばらくの間副室Kにブログを任せていましたが、私もKもいろいろやることや思うところなどアリ、しばらく更新していませんでした。
申し訳ありません。

その間、MJのヒゲはボーボーになり、スーツは肩こりがひどくて着られなくなり、衛星授業の撮影もひと段落しました。

それにしても毎年、受験が終わるとしばらく感傷に浸りつつ、在校生の様子をじーっと見ています。

他塾は新規募集の時期でチラシをバンバン入れているのに、横浜トータルアカデミーはチラシも作らずに在校生のフォローをしっかりすべく頭を使っています。

して、我が横浜トータルアカデミーをあらためて見渡せば、塾を始めた6年前と内装が何も変わっていないことに愕然・・・
模様替えをしようとしても、どうしても授業や教材作りや教材選びを優先し、新年度に向けてやりたいことを考え出してしまいます・・・

で、今考えている1つは、よりMJカラーを出すため、小論文のフォローをたくさんしたいなー、ということです。

格安でなんとかならんかなー。
遠方でもFAXでできないかなー。
AOでも一般入試でも医療看護系でもノウハウも実績も蓄えたので、ぜひやってみたいことの1つです。
何より私が好きなんですね。

2つ目は、就職活動対策。
SPI対策も面接も、専門業者だと高いんですよね。
横浜トータルアカデミーなら個別だし、個別の割にはすごく安いし、
困っている大学生もいるだろうし・・・

なんてことを考えています。

3つ目は、在校生の宿題もちゃんと見てやりたい。
内申に関係するからね。
それだけではなく、学校の宿題と塾での学習をリンクすることで、
横浜トータルアカデミーの目標である「思考力の養成」がより早く実現するんじゃないかと。

地味ですが、MJの得意技は英国数だけではない!
のですよ。
いろんな社会を見た経験と考察に自信があり、同年代は課長さんなので企業の厳しさもいろいろ聞いてるし、自分で言うのも何ですが文学的文章も法的文書も論文も日記も理科の自由研究も書けますので、これを苦手な人には早く伝えたいのです。

そこはかとなく書き綴ってしまいましたが、今日はスタートということで、この辺で。

では、2010年度もよろしくお願いします!



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2010年02月19日

早稲田大学を目指すC



4.勝負強いこと。


最後の条件は、早稲田大学だけにあてはまることではないが…

最難関大学に合格するためには、自分の実力 + 何か が必要な気がする。
実力があっても、不合格になった例。
MJの場合。
浪人時代のMJは、どんな模試でも、早稲田の合格圏内にいた。
どの学部を受けても、ほぼ合格確実。
にんまりしている、若き日のMJ。

政経学部、受験当日。
「これで最後♪」と思って余裕のMJ。
ところが、最後の1ページ、問題用紙をめくると、そこにはもう1つ長文が…
残り時間10分。
MJは、長文問題を丸々1題、無にした…
もちろん、不合格。
模試では、合格圏内にいたはずなのに、早稲田3学部中、1勝2敗。
なんと恐ろしいことか…

最難関大学に合格するときというのは、あとから考えると、「運」としか思えないような力が背中を押してくれる。
「運」があるというより、「運」を呼び寄せるのかもしれない。

その大学に合格したい、という強い気持ち。
負けたくない、という殺気。
これだけやったんだから、という自信。
もう悔いはない、という達成感。
そういったものが、混ざって、「運」を呼ぶのだろう。

「勝負に強くなるには、どうしたらいいですか?」
と方法論をたずねられることがある。
残念ながら方法論はない。
誰でもが、勝負強く、「運」を引き寄せられるようになるわけではない。
ほんの一握り。
だから、早稲田は難しい(笑)

最後は、自分を信じるしかないのかもしれない。
信用するに足る自分になれるよう、日々、勉強するしかないのかもしれない。

最難関大学を目指す、きみ。

問題の傾向だとか、合格しやすい学部だとか、
ノウハウ研究していないで、がむしゃらに、ひたすらに勉強に打ち込んでみてはどうだろうか?
「運」が向こうから舞い込んでくるように。

おわり。
posted by MJ at 17:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 副室Kの言いたい放題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月17日

早稲田大学を目指すB


3.執念深いこと。

早稲田の社学、商、政経、各学部の数学の過去問を解き比べてみた。
どの学部にも共通していえることは、問題が「深い」。
解き方を丸暗記していては、解けないような問題ばかりだ。

だいたい、第一問、小問集合。第二問、第三問が記述である。
小問集合は、4〜5題。
ここで、1ミス以内でなければ、合格はない。

記述問題は、問題文が長く、複雑である。
どの問題集にものっていない、おそらく多くの受験生にとって、初見の問題である。
初見の問題に対応できなければ、大学入試数学はできない。

長い問題文を読むと、設定、条件が与えられているのがわかる。
では(1)。
その設定、条件をもとにして、具体例を求めさせる。
例えば、n=3の場合は? とか、2番目はいくつ? とか。
(2)は、その具体例が大きな数字になる。
例えば、n=200の場合は? とか、1000番目はいくつ? とか。
(3)は、設定や条件の一般化、もしくは証明。
という問題ある。

そのときに、合否を分けるのは、(2)である。

具体例なのだから、いろいろな場合を想定して、当てはめていけばよい。
「ああかもしれない… こうかもしれない…」と。

…ここで、数Aの場合の数や確率が苦手な人、神奈川県公立高校入試の確率で点を落とす人を思い出した。

あれかも、これかも、と想定する。
ところが、条件を満たす「すべての場合」を想定できていない。
必ず、何かを見落としていて、数え上げきることができない。


もちろん、テクニック不足なのもある。
が、最後は、「執念」であるように思えてならない。
すべての場合を想定するんだという意気込み、とでも言うのであろうか。
場合わけやカテゴリーすることが苦手な人は、きっと早稲田向きではない。
日ごろから、これで全部だというチェック機能を磨くこと。
自分が精密なコンピュータにでもなった気分だ…

与えられた設定や条件を守りながら、答えを絞り込んでいく。
ミステリーの犯人探しにどこか似ている。

つづく。
posted by MJ at 11:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 副室Kの言いたい放題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月16日

早稲田大学を目指すA




2.数学ができること。


理系であれば、当たり前。

文系では、数学を受験科目にしている人と、社会を受験科目にしている人がいる。
ここでは、英語・国語・社会 を受験科目にしている人と数学の関係について、考察する。


中学時に、数学の成績はどうだったか?
5段階評価の5であったほうがよい。
そして、高校では、少なくとも数T・Aくらいは、ついていけてほしい。
数U・Bも教科書レベルなら、大丈夫であってほしい。
欲を言うなら、
「数学は出来ないほうじゃなかった…」というのがいい。

数学の出来・不出来は、文系受験者にとって、関係ないように思える。
おそらく、MARCHクラスまでなら、あまり関係はない。

ところが、早稲田大学を受験するには関係がありそうな気がする。
「数学が苦手ではない」 = 「論理的思考力がある」
と考えられるからだ。

早稲田の英語・国語の入試問題は、「論理的思考力」を要求している。
(早稲田過去問を解くと、異常に頭が疲労するのはそのせいだと思う…)

国語は、語い力や文章のネタに関する知識があり、本文が「読めた!」と思っても、
設問の正解率には反映しない。
「読めた!」ときほど、設問の選択肢がきわどく設定されている。
たとえは、
「Aだから、Bである。」と本文に書いてあった。
選択肢には、
「Bだから、Aである。」と書いてある。
ここで、「論理的思考力」のない人は、この選択肢を正しいとしてしまう。
…本文中に、書いてある… それだけの根拠で選ぶ人は排除される。

そして、選択肢は5択→2択まで絞れたとしても、どちらかに決定するときに、言葉1つ1つのチェックが必要になる。
全体的に、何となく合っている、では、正解できないような問題なのだ。
MJも、「現代文は数学に似ている」と常々力説している。


英語は、さらにきつい。
長文は、慶応ほど長くはない。
しかし、問題が…

早稲田に限らず、
単語を完璧にして、熟語も完璧にして、文法も完璧にしたとしても、本文中にわからない単語やわからない文があることが多い。
わからない部分があったときに、前後が読めていたら、「類推する」という作業が必要だ。
前後の内容だけではない。
全体の文章の流れとして、どのような意味合いになるのが適切なのかも考えなければならない。
それも、英文で…

設問も、細部を問う問題ではなく、文章全体を通した「論旨」を問うものが多い。
「論旨」がわかるためには、「論理的思考力」が必要だ。

数学が苦手で、文系にする人が多いのだろうが…
早稲田を目指すなら、数学が苦手だと、苦労が多いという事実も存在するのだ、残念ながら。

つづく
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2010年02月15日

早稲田大学を目指す@



今週の後半から、早稲田大学の入試が始まる…

今年の早稲田大学の受験者数は、何万人なのだろうか…
私立最難関大学の1つに挙げられ、かつ、多くの受験生が憧れる大学、早稲田…
人気もあり、でも難しい。
毎年、多くの受験生がチャレンジしたがる。
しかし、合格するのはほんの一握りの人間だけだ。

Kは、どちらかというと早稲田大学には、勝手に親近感を持っている。
(慶応や上智よりは…)
高校生のとき、おじが早稲田大学商学部の教授をしていたこともあり、
一瞬ではあるが、受験校として考えたこともあった。
(もちろん、身分不相応なのでやめたが)
自分の向き不向きを冷静に判断して、私立難関大学は無理と思った。

Kが高校時代に早稲田を諦めた理由と、MJが早稲田に合格した事実と、
今までの早稲田受験生の不合格要因を総合して、
勝手ながら、「早稲田大学向きの生徒」の条件を挙げていきたい。



1.中学時代に得意科目の成績がよいこと。

中学時に、得意科目の評定が最高値であったほうがよい。
つまり、5段階評価の5、10段階評価の10である。
この得意科目は、できれば、英語か国語か数学であることが望ましい。
高校で勉強する内容に比べたら、中学の内容ははるかに易しい。
易しい内容を完璧にする、というのは簡単に思える。
では、どのくらいの人が、中学の定期テストや神奈川の高校入試で満点を取れるのか?

MJは、神奈川の公立高校入試で、英語・国語・数学は満点だそうだ。
理科と社会は、1つずつミスをしただけ。
(当時は独自入試がなく、全員が共通問題だったが)

Kは、神奈川の出身ではないので、参考にならないが…
中学の定期テストでは、英語で2回、数学で2回、満点を取っている。

満点が取れない原因は、多くの場合、「ちょっとしたミス」である。
難しい問題ができても、うっかりして簡単な問題を取りこぼす。
「ちょっとしたミス」をした自分を許しているようでは、難関大学を受験する資格はない。
そういう人は、何校受験しても合格しない。
受験料の無駄なので止めたほうがよい。

ヘボミスをした自分を許せなくて、歯軋りをしたり、頭を殴ったり、罵ったり…
計算ミスをしたなら、計算問題を100題解く。
単語の意味をミスしたなら、単語帳1冊覚えきる。
絶対にミスをしないようになるまで、自分を追い込む。
「完璧にする」「これで絶対に大丈夫」という感覚を養うのだ。
このような感覚を持っていない生徒は、いつまでたっても「ちょっとしたミス」がなくならない。

早稲田大学に限らず、難関大学では、1つのミスが合否を分ける。
「ちょっとしたミス」か「重大なミス」かは関係ない。
みんなが取りこぼさない問題を、取りこぼしているようでは絶対に合格しない。

早稲田を目指している人、きみは、完璧さを追及できているか?

つづく。
posted by MJ at 11:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 副室Kの言いたい放題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月12日

ジンクス



毎年、複数の受験生を担当しているが、不思議なことが起きる。
毎年、担当生徒の中で、たった一人「奇跡」が起きるのだ。
その生徒を知っている人なら誰もが、「え〜!」と驚くような合格が出る。
実力以上の学校に「奇跡」が起きて合格してしまうのだ。

それも、毎年、たった一人だけ…
1年間の幸運を全部一人でさらって行ってしまう感じ…
なんとも説明しがたい現象である。
今年は、誰が幸運を奪い取っていくのか楽しみでもある。


そして、もう一つ。
これは、あまりよくないジンクスだが。
「思い入れの強い生徒ほど合格しにくい」という嫌なジンクスがある。
(このジンクスは、MJにもある。)

第一希望校と自分の実力が離れている生徒ほど、つい、世話を焼いてしまう。
授業もたくさん必要だし、自習で毎日のように顔を合わせる。
なかなか伸びないので、心配でしょうがない…
知らず知らずのうちに、その生徒とシンクロしてしまう。
まるで、その生徒の父親・母親の心境になってしまう。

こんなこと言ったら、落ち込むんじゃないか…とか、
成果が出ないのは、講師としての力量が足りないんじゃないか…とか、
もっと詳しく、わかりやすく説明してあげなくちゃ…とか。
このような考えをし出したら、危険だ。

一見、効果がありそうに見える。
しかし、受験生にとって、世話を焼くことは逆効果でしかない。
講師への依存心が高まるだけで、受験当日、失敗するのだ。
よくKは
「試験中に、そこ違うよ、とか、計算ミスしているよ、とか指摘する人 いないんだよ。
 私は、試験会場についていけないんだよ。
 たった一人で戦うんだよ。
 誰も助けてくれないよ。」
と生徒に話す。

過去問を解く時期にもなって、
「ここって、○○って意味ですか?」
などと質問してくる生徒はヤバイ。
試験中に、試験監督に同じ質問をするつもりなのだろうか?
「教えない。自分で考えたとおりにやりなさい。」
Kは冷たく言い放つ。

生徒が講師に依存しないように、また、講師側も依存されやすくならないように、戒めている。
常に、よくないジンクスを思い浮かべている。
だから、思い入れのある生徒ほど、冷たく突き放す。
突き放すどころか、叩きのめす。
何度も谷底へ突き落とす。
「試験当日に泣くくらいなら、今、泣かしておけ。」

今年は、嫌なジンクスを打ち破れますように…

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2010年02月10日

神奈川県公立高校入試G



入試の10日前。
Sの態度が完全に変わった。
今までは、どこかクールで、何が起きても顔色ひとつ変えない生徒だった。
しかし、自分のうっかりミスで失点したりすると、奥歯をかみ締めて悔しがっている様子が伺えた。
Sは、寡黙で、必要以上の会話はしなかった。
Sが何を考えているのか、正直つかめないことが多かった。
(後日、Sに聞いてみたところ、「人見知り」をしていただけだそうだ。)
だが、明らかに必死さ、悲壮感のようなものを漂わせはじめていた。

入試の5日前。
理科のプレテスト、47/50点 48/50点…
独自入試対策、翠嵐高校過去問国語、44/50点…
独自入試対策、プレテスト数学、43/50点…
ほか、英語も社会も、目標点をクリアした。

仕上がってきたのだが、U講師もKも追撃をやめない。
「S、満点取れたのに、どうして1問落としたの?」
「問題文から条件を拾いきれていないから、この問題が難問に見えるんだよ。」
「曖昧なことをいくつ積み重ねても、何にもならない。」
「何を答えなければならないのか、正確に把握すること。」
決して褒めなかった。
トップ校に入るなら、「ま、いっか」という妥協は許されないのだ。
たった1問が合否を左右する…
その厳しさをSに伝えたかった。

入試前日。
「よく仕上がった。何もやることがない…という状態になった。」
と授業の記録が残っている。


入試当日の夕方。
Sが塾に現れた。
「向こうの塾で、自己採点してきました。たぶん、合格です。」
「理科も社会も45/50点取れました。国語も英語も数学も、失敗した科目はありません。」

県立トップ校、合格。

Sがあいさつに来た。
「……、これ、お土産です。」
そう言って、ディズニーランドで買ってきた、かわいらしいお菓子を差し出した。
寡黙でクールなS。
「おめでとう。ありがとう。…よくがんばったね。」
おそらく、KがSを褒めたのは初めてだ。
「……、また来ます。」

その言葉通り、Sは高校入学直後から、ずっと横浜トータルアカデミーに通い続けてくれている。
(何を気に入ってくれたのやら…)
次にSの報告ができるのは、難関大学合格体験記であることを願いたい。

終わり。
posted by MJ at 12:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 副室Kの言いたい放題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月08日

神奈川県公立高校入試F



同じマルでも、確実性の高いマルが増えてきた。
選択肢のきり方も、Kが問題を解くときと、ほぼ同じに出来るようになった。

1月末。
42〜43点/50点 に安定してきた。
やっと、ひと伸びした。
Sも手ごたえを感じたのだろうか、本人から
「●●の分野のまとめをお願いします。曖昧なことをなくしたいんで。」
「覚える事項に、優先順位をつけてください。何が大事かチェックしたいんで。」
積極的な発言が見られた。
1コマ(80分)の中で、理科も社会も授業を行った。
ポイントの板書を、ものすごいスピードで写し取っていく。

最終的な志望校の選定に入る。
Sは、比較的近距離の準トップ高校と距離が遠いトップ高校のどちらかの選択に迫られているようだった。
トップ校なら、理科社会はどちらも45点/50点が、必須。
英語・数学・国語は独自問題。
実は、Sの内申は、36/45… つまり、オール4しかない。
Sは中学の先生ウケしないタイプだった。
提出物は出さないし、授業態度は悪いし、先生にはちょっと反抗的だし。
でも、定期テストの点数だけはよかった。
内申点は、圧倒的に足りていない状態…
トップ校受験なら、内申関係なく、入試当日の得点のみで合否が決まる方法があった。
当日に賭けるか…
安全策をとって、準トップ校にするか…
こればかりは、S本人が決めることだ。

Sの決断。
トップ校受験…
そうか…、きみは戦い抜く、チャレンジするほうを選んだのか…
だったら、こちらは、MJ、U講師、K、特別に招聘したY講師の4人がかりだ。
4人とも、講師歴6〜7年以上の「ツワモノ」だ。
Sの能力を最大限まで引き上げる。
ついてこい、S。

つづく。
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2010年02月05日

神奈川県公立高校入試E



1月半ば。
数学は順調に仕上がっている。
これで我々に課されている使命は果たした。

しかし、
「理科と社会が伸びない…」と。
独自入試を行う高校でも、理科と社会は、共通問題を使用する。
そのため、合格するにはどちらも45点/50点は必須になる。
現在、40点前後。
何かが足りていないらしい。
Sが使っているという、大手の集団塾から配布されているテキストを見せてもらった。
すばらしい…
市販のテキストでは到底及ばないクオリティーだ…
このテキストを使っていながら、なぜ、Sは点数が伸びないのだろう?

Sは時間あたりの作業量が多い。
つまり、少ない時間でたくさんの分量をこなすことができる。
スピードのある生徒だった。
やらなければならない分量については申し分ない。
伸びないのは、やはり分量の問題ではない。

Sと理科・社会の授業を開始した。
「S、この問題、正解は3で合ってるんだけど、他の選択肢はどこがどう間違っている?」
「はい、正解。じゃあ、その答えを選んだ理由は? どうしてその答えになったの?」
「じゃあ、1の選択肢は、何時代? 2の選択肢は?」
「ちなみに、選択肢4の化学反応式を書いてみて。」
まず、Kが始めたのは、正解している問題が、まぐれでないのかという確認だった。
選択問題の場合、なんとなく、曖昧なままでも正解が導けることが多々ある。
答えを選ぶだけなので、2択に絞ることができれば、かなりの確率で正解する。
正解なのだから…
普通は、何も感じずにそのままにする。
しかし、
マルだからと言って、まぐれ当たりでは、次に類似問題が出たときに、マルとは限らない。

Sがやってもやっても伸びない、あとひと伸びしないのは、
確信を持って、答えを選んでいないからだ。

つづく。
posted by MJ at 16:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 副室Kの言いたい放題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月04日

神奈川県公立高校入試D



冬期講習。
幸いなことに、U講師も担当できることになった。
U講師は、計算分野全般と、確率・関数を担当。
Kは、図形を担当した。
公立高校用の模試では、40点以上/50点を連発しているようだった。
が、いくつかタタくべき部分が見つかった。

図形の求角をするとき、Sはひたすら、すべての角度を出していた。
計算にスピードがあるため、たくさん計算できてしまうのだ。
いらない、必要のない角度まで、求めては図に書き入れてごちゃごちゃしている…
あちゃ〜
「S、その解答は最短距離ではないよ。」
Kの言葉に、Sは、きょとんとしていた。
答えさえ合っていれば、どんな解法をしていてもいい…
そう思ってきたのだろう。
「答え、求めたいものが決まっていて、逆算していくことが一番早くて正確なんだよ。」
「何をしているのかわからないまま、ひたすら計算だけするのは止めよう。」
「次に何をするのか、わかった上で、今、何をするかを考えてごらん。」

「忘れた〜(絶叫)。」
「何を?」
「解き方!」
Sは、何百パターンにもなる解法を暗記しようとしていたのだ。
これでは、いくら時間があっても、能力があっても出来るようになるわけがない。
「S、解き方って、覚えるもんじゃないんだよ。」
「原理・原則に立ち戻って考えるもんなんだよ。」
数学は暗記科目ではない。
そして、独自問題に挑戦したいのであれば、暗記だけでどうにかなるわけはないのだ。

記録を読み返してみると、U講師も同じような記載を残している。
2人の講師が、同じようなことを毎回言っている。
U講師もKも、県立トップ校の出身なのは、Sは知っている。
Sも県立トップ校を目指していた。

冬期講習中のたった10コマ程度で、Sの数学に対する考え方が変化していた。
すぐに問題を解きだすのではなく、少しの間、じっと問題を眺める時間が出来たのだ。
頭の中で解法を探り、かつ最短の方法を決めているように感じられた。
方針が決まったら、一気に最終解答まで導く。
その集中力たるや、すばらしいものだった。
途中に迷いが感じられない。

数学に対する基本的なスタンスの修正はできた。
これで、面白いように点が伸びるだろう。

つづく。
posted by MJ at 13:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 副室Kの言いたい放題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月03日

神奈川県公立高校入試C


もうひとりの成功例。
S。
彼も現在、高校3年生。
彼は、ただ今、受験勉強中である。
毎日、オープンからクローズまで、ずっと塾にいて、ひたすら勉強している。
3月には、きっと合格体験記の主人公としてブログに登場するであろう(笑)

そのSが、公立高校を受験したときのことを書く。

Sと出会ったのは、中3の11月。
大手集団塾に通塾していて、辞めるわけではなく、なかなか伸びない数学のみどうにかしたい、という要望だった。
そして、高校受験では、県立のトップ校を狙っていて、独自問題にも対応してほしいとのことだ。

体験授業をしたのは、へんたいU講師。
Sは、U講師を大変気に入ったようだ。
即、入会を決める。
しかし、問題があった。
集団塾の通塾スケジュールと、U講師の空きがあわず、担当できそうもないのだ。
そこで、次善策。
基本的に、副室Kが担当することとなった。

Sは、数学が出来るようにならない理由について、こう言った。
「やっても、やっても、できるようにならない。
 ひらめきがないんだと思う。
 苦手科目だし、あまり好きじゃない。」

本当にそうなのであろうか…
U講師を気に入ったことから考えると、数学が好きじゃないというのは、違うような気がした。
U講師ほど、理論的で、くどくて(笑)、しつこくて(笑)、パーフェクトを求める講師はいないのに…
(U先生、ブログ読んでいたらごめんなさい。)

出来ない→好きじゃない のではないのか?
一刻も早く、成長を阻害している要因を見つけなければ…
受験は目前に迫っている。

つづく。
posted by MJ at 12:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 副室Kの言いたい放題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月01日

神奈川県公立高校入試B



歴史は、年表。
MJオリジナルの穴埋め年表を使用。
年表命のMJに、みっちり叩き込まれる。
特に、MJは近現代が得意だ。
ごちゃごちゃした出来事を、すっきりさせて覚えこませる。
年表 → 問題 → 年表 → 問題
ひたすらくりかえしだ。

化学は、比例に注目。
幸いなことに、文章題に抵抗がなかったMは、立式のコツさえつかむと、面白いように化学の計算ができるようになった。
複雑な実験の読み取りでも、「結局、何を言っているのか」ということをつかめるようになった。

どちらも授業数は、1〜2コマで十分であった。

大きな穴はこれで埋まった。
あとは、プレテストで、あいまいなもの、落ちているものをチェックして、小さな穴を埋めていく。
1コマ授業をするたびに、得点が伸びだ。
35点 → 38点 →40点 →42点
目標はどの科目も40点/50点 、合計200点/250点あればいい。

受験当日の3日前には、担当した全講師が、Mの合格を確信した。
もう大丈夫。
Mに死角なし。
が、Mだけは
「やだよ〜、落ちるのやだよ〜。受験なんてやだよ〜」
と前日まで、不安で駄々をこねていた(笑)

当日、210点/250点。
文句なし。
「この点数なら受かってる? これで大丈夫? 受かってる?」
と何回も確認された(笑)

今から思えば、1ランク上の高校を狙っても合格していたなあ…
posted by MJ at 10:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 副室Kの言いたい放題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月29日

神奈川県公立高校入試A




公立高校前期試験に不合格になってから、
猛烈な追い上げを見せた、Mの記録である。

Mは、現在高校3年生。
早々に大学進学を推薦で決め、あとは卒業を待つのみといういいご身分である(笑)
Mは常々、
「高校受験みたいに、受験したくないよ(笑)」と宣言し、
高校1年生の間から、毎回の定期テスト対策を怠りなく行い、
自分の希望する大学の推薦を勝ち取った。
Mが苦笑いしながら思い出す、高校入試とは…

前期試験(面接)前、1月の半ばあたり。
Mは、そわそわしていた。
「前期で抜けたい。後期は絶対やだ。」
「前期で受かるかもしれない。」
前期は、合格すると思ってはいけないのだが…
あまり前期のことにとらわれず、いざというときに備えて、
後期試験の勉強を怠ってはいけない。

案の定(?)前期試験は、倍率も高く、失敗。
これで、公立に行きたいなら、5科目試験だ。

「どうしよう(汗) 落ちる〜(汗)」
と、うろたえ、半べその、M。
「M、理科と社会、本気になったら、40点/50点、越えるよ。やってみる?」
Kはこう提案した。
「無理だよ〜、あと何週間もないのに。だって、中学3年間分じゃん?」
確かにそうだが…

ここで、誤答分析。
理科は化学分野、社会は歴史分野に大きな失点があった。
そこを叩く。
理科は、K。
歴史は、MJ。
ちなみに、Mの担当は、へんたいU講師である。
へんたいU講師のおかげでMの数学は、ほぼ仕上がっていた。
45点/50点を連発…

Mは、港南台一中の定期試験において、
数学の満点が1回、97%が1回、93%が1回と異常なまでの実力を備えていた。
(U講師のおかげです)

やっぱりあとは、理科と社会…


つづく
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2010年01月28日

神奈川県公立高校入試@



前回、神奈川県公立高校入試の前期について書いた。
前期試験は、終了してしまい、あとは結果を待つのみ。

よって、今回は、後期試験について。
後期試験は、いわゆる学科試験で、ほぼ5教科である。
英語・数学・国語については、県の共通問題ではなく
「独自問題」という高校によって特色のある問題を採用してもよい。
(必要内申の高い高校に多い傾向である)

しかし、理科と社会は、どの高校受験生にとっても共通の問題が使用されている。
どの高校を受験するにしても、理科と社会は、対策としてやることはほぼ一緒だ。

何を隠そう(隠さなくてもよいのだが)、Kは、神奈川県公立受験生を担当して、今年で11代目である。
(歳がばれます(笑))
5教科、どの科目でも対策は可能だ。

中でも、理科・社会に関して、かなりの実績がある。
(専門の数学は実績があって当たり前です…)
この、前期試験が終わってから、後期試験までの、3週間ほどで驚異的に点数を伸ばすことが出来る。

分野別の授業はしない。
基本的には、過去問や過去問に類似するテスト形式のものを使用する。
実戦形式を用いるのは、
「問題の解き方」を伝えたいからだ。

分野を見極めることから始めて、どの知識を使うのか決める。
選択肢(4択)を2択まで切る方法を知る。
見たことのない資料や実験の考察の読み取りができるようにする。

県入試の理科・社会は、ほぼ4択(記述が少しある)。
答えは書いてあるようなものだ。
正しい答えを「選ぶ」という感覚は、実戦形式でないと身につかない。
この時期に一問一答なんて…まずいですよ。
不足している知識は、問題を解きながら補えばいい…


今年の大学入試センター試験(この前の1/16,17)の現代社会。
試しに解いてみた。
90/100点…Kは4択に、めっぽう強いらしい…

posted by MJ at 13:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 副室Kの言いたい放題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月25日

面接試験…



本日、1/25日と26日は、神奈川県内の公立高校の前期試験日になる。
神奈川県立の高校入試は、大きく分けて、
前期→面接等 と 後期→学力試験 になる。
そのうちの、前期が実施されている。
面接、自己表現、作文等と、いわゆる内申書で合否が決まる。

内申書における、内申点(評定)と特記事項が多い生徒ほど有利だ。
面接で大逆転することは可能なのだろうか???


5〜6年ほど前のこと。
横浜トータルアカデミーが、まだ横浜トータルアカデミーではなく、前の塾名だったとき…
(横浜トータルアカデミーの前身は、ある塾のフランチャイズ教室です。MJがオーナーになり、のちに本部と分離しました。)

すごくまじめな、おとなしいRさん。
内申は、110/135ほどあった。
135とは、9科目×5段階評価の中2分+中3分×2で計算をする。
Rさんは、オール4以上あった。

前期で受験しようとした高校は、必要内申が、100/135 の高校。
普通に考えたら合格間違いなしだ。
余裕で、それも上位層で合格するであろうと誰しもが思っていた。
MJを除いては…

MJは、当時から面接の練習、作文、小論文などの指導を一手に引き受けていた。
もちろん、Rさんの面接練習も数回行った。
その後に
「Rさん、悪い予感がする… 内申点が高いから大丈夫と思うが。」

MJの心配の通り、Rさんは前期試験で不合格となった。
(後期試験で無事に合格を果たしたからよかったが…)

内申点が高くても、落ちることがある。

MJが感じた不合格要因とは…
Rさんが、「自分」というものを持っていないことだった。
志望動機も、高校に入ってやりたいことも、「自分」の言葉で語られていない。
作られたマニュアルを暗記して読んでいるだけ…
Rさんは、想定外の質問に1つも答えられなかった。
「高校生の喫煙についてどう思いますか?」
「え〜、わかんない〜」
「………」
事前に書いたこと以外は、何も考えていないということだ。
考えようともしていなかった。

面接は、すらすら答える能力を試すのではない。
質問に的確に答える能力、
「自分」の言葉で「自分」の考えていることを伝える能力を試しているように思える。

面接の先生を笑わせる(和ませる)と合格間違いなしなのだが(笑)

posted by MJ at 12:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 副室Kの言いたい放題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月14日

大学入試センター試験B



いよいよ、センター試験が迫ってきた。
横浜トータルアカデミーでも、受験生ラストスパート!!
とバリバリ授業か思いきや、実は、授業はほとんどやっていない。

というのも、授業の必要性がないからだ。
直前の1週間に出来ることは、今までやったことの確認作業であり、
最後まで伸びるであろう、暗記科目である。
よって、授業で何かを教えたりすることは、少ない。
新しいことをやっても無駄だし…
この時期、受験生に伝えるべきことは、
当日までのメンタル、当日のメンタル、時間短縮の方法の3点である。

前回の記事では、当日までのメンタルを書いた。

今日は、当日の理想的な精神状態について書く。

緊張は、していないほうがおかしい。
していて当然。
前日に、「吐きそう」「涙が出る」「じっとしていられない」等の状況は悲観しなくてよい。
その緊張が、当日、ふっと消え去るときが来る。
人によって、いつ消え去るのかはまちまちだが。
会場についた途端かもしれない。
試験問題が配布されたときかもしれない。
「はじめ」と言われたときかもしれない。
ふっと、緊張が消え去ると同時に、集中力が増してくる。

この境地に至ると、もう怖いものはない。
「悟り」のような「あきらめ」のような境地だ。
こうならないと、失敗する。

Kは「受験」というものは無敗である。
勝負強いのは、当日にすとーんと緊張から開放される感覚があるからだと思う。
直前までの手の震えが、
「はじめ」と言われてから、5秒ほどあたりを見渡すと止まる。
高ぶっていた精神が、フラットな状態になる…
そこから、「やめ」と言われるまでは、集中力が途切れなかった。


緊張がふっと消え去る人は、今日まで努力をしてきた人。
自分に嘘をつかないで、歯をくいしばってきた人。
「これだけやったんだから」と誇れる人。

緊張がふっと消え去ったら、この勝負、きみは勝利を確信してよい。

posted by MJ at 16:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 副室Kの言いたい放題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月09日

大学入試センター試験A



B「みんな」と比べない。

「みんな」とは、高校のクラスメイトだったり、予備校の仲間だったりする。
「みんな」の仕上がり具合や発言が気になってしょうがない。
  「昨日、過去問で○○点取れたよ」
  「△△大学では、今年はこういう問題が出やすい」
  「(すごく難しい問題に対して)超カンタンだったよ」
一言がすごく気になる。
しかし、本当に気にしなければならない相手は「みんな」ではない。

きみが本当に、気にしなければならないのは、同じ大学を志望している受験生だ。
受験当日に同じ会場で受験をする人たちだ。
「みんな」のうちの果たして何人が、自分と同じ大学の同じ学部を目指しているのだろう…
だから「みんな」を気にしてもしょうがないのである。

Cどうしようは緊張の原因である。

もし、苦手な問題が出たらどうしよう。
もし、思い出せなかったらどうしよう。
もし、1科目目で失敗したらどうしよう。
そんな想像をしていると、緊張してくるものだ。
適度な緊張感はいいかもしれないが、極度の緊張はろくなことがない。
「どうしよう」
→どうしようもないです(笑)
 なるようにしかなりません。

もう、センター試験の問題は出来上がっている。
きみが何を心配しようとも、変更できるわけではない。

それから、きみの目標点は何点なのか?
100点や200点満点なのか?
それなら、「どうしよう」と思うのも不思議ではない。
が、大半の受験生は、80点だったり、70点だったり、150点だったりと目標点があるはずだ。
満点を取らなくていい…
つまり、間違えてもいい問題があるという発想の転換をしてみてはどうだろうか?
間違えてもいいんだ…と思えれば、極度の緊張から開放されるに違いない。

まあ、
「どうしよう」と言ってるヒマがあったら、
何が出てもいいように、勉強すればいいんだけど。


受験は…試練である。
ここまでくると、学力というより、忍耐力・精神力の勝負なのかもしれない。

合格 = 学力 + 精神力 + 運 + 執念 

次回は、当日の理想的な状態に続く(はず)
posted by MJ at 14:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 副室Kの言いたい放題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする