連日、痛ましい報道が繰り返されている。
お亡くなりになった方々に心よりご冥福をお祈りするとともに、大切なご家族や友人を亡くされた方々、家を無くされた方々、健康を害された方々が、一日も早く平穏を取り戻せるよう願って止みません。
MJは自分の無力さが情けなくて、気がつくと眉間にしわを寄せている(らしい)。
塾に何ができるわけでもないが、このもどかしさをどうにかしたいと考えた。
しかし、「塾だから何もできない」は正しい発想だろうか?
思わず発してしまう言葉も、1つ1つ疑ってみることが肝要だ。
本日の朝日新聞夕刊に「被災地の子供たち」と題された写真が載っていた。
10リットルの灯油を運ぶ6歳の男の子。
7歳の妹と線路にたたずむ10歳の男の子。
わずかな光でゲームをする子。
見るだに、心の奥底から、決して忘れてはならないのに平和な日常では意識されない、哺乳類の大人としての怒りがわきあがってくる。
それは、守らなければならない存在を守ってやれなかったという、本能に近い感情だ。
それを感じたのは、まさか私だけではないだろう。
慶応大学文学部2007年度入試の小論文では、包囲されたサラエボで戯曲を演ずることの是非と、戦争と文学の関係を問う問題が出されていた。「戦争の対義語としての文学」(岡真理)からの出典である。
合格点を取ることに必死で、時間制限のある入試において受験生が深く考えることなど不可能だと思われるが、文学と人間と社会の本質を問う、入試に使うにはもったいない問いだなあと感心した覚えがある。
普段から物事を哲学的に考えていた受験生だけが、出題者が期待するレベルの回答できたと思われる。
まあ私の感想はどうでもよいとして、問題文中でサルトルは「子供たちが飢えているとき文学に何ができるか」と問うているが、まさに「教育に何ができるか」「私たちに何ができるか」が、今、問われているような気がしてならない。
問題文中で筆者は「バルコニーに出ただけでイスラエルの狙撃兵に頭を打ちぬかれる。日常それ自体が狂気と化した情況の中で、だからこそ、本を読むことが希求されていた・・・何にも増して、切実に」と表現している。
内戦で荒れた地区の子供らが、「学校に行きたい」と口を揃えるのと同様だ。
理屈ではあるまい。
人間としての尊厳を回復する方法の1つが、教育(決して狭義の「勉強」ではない!)と教育の場なのである。
今回の被災地の話に戻る。
命の危険が去った後、子供たちが次に望むことは何か。
親を家を失った子供たちにとって、何が必要なのか。
思うに、親戚に引き取られるだけが、彼らにとって最良の方法ではない。
もちろん、長期的に見れば、親戚があるならば、親戚に育てられることは最良の方法だと思う。
しかし、年齢にもよるが、子供にもそれまで生きてきた環境、つまり土地や人間関係があるわけで、場合によってはそれを壊さない方法、例えば児童福祉施設などへの入所、とくに一時的な入所がふさわしい場合もあるかもしれない。
同じ境遇の子供と気持ちを共有したり、友達がいることを確認したり、生き残った年上の存在、つまり教師や近所の大人たちとの時間を持ったりした後に、将来を考えられる場所へ移ったほうがいい場合もあるかもしれない。
一時的にでも、近所の人たちが安心して共同生活ができる仮設施設があれば、いきなりまったく異なった環境におかれるよりも、少しでも救われる子供がいるかもしれない。
物資がもちろん最優先だが、もうちょっと落ち着いたらば、子供と身近に接している保育士や教師を、ぜひ現地に派遣していただきたいと思う。
保育士や教師は、もちろん単なる講師である私も、勉強だけを教えてきたのではない。
子供にたくましく育ってほしいと、そう願う大人たちを、ぜひ現地へ、と頭突きしながら懇願する。
他に、例えばお笑い芸人、アイドルや歌手、俳優など、行ってもらえれば被災地の人々が元気になるかもしれない。
もちろん、そんなことより物資が優先だけれども、
しかし、でも、その次は・・・
子供たちのことを考えてほしい。
私だって現地へ行きたいが、私よりふさわしい人はいくらでもいらっしゃるだろうし、また私にはまだそれだけの力がない。
だからせめて、今は、わずかながらの義援金をお送り申し上げ、かつ、神奈川にいる子供たちに、たくましく生きる術と気力を私は伝える。
偽善かもしれないが、今は私ができること、やらねばならないこと、最も役にたてることは、それであると思う。
どうか許していただきたい。
posted by MJ at 21:13|
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