後天的に身につく頭のよさについて
勉強ができるようになるための要素は何でしょうか。私は次のことだと断言します。
@健全な精神(体は要素ではありません。心です。)
A問題集が買えるくらいの経済力
B好奇心を奪わない接し方
C基本的なしつけ
D他人に共感できること・コミュニケーションが取れること
E他人を疑うことができること
Fよい指導者との出会い
朝食とか早起きとか100マス計算とか漢字とかはどうでもいいのです。
それらは2の次、3の次。決して重要な要素ではありません。
これらがそろっていれば、たとえドロップアウトしても大丈夫です。
健全な精神さえ失わなければ、必ず這い上がってきます。
さて、具体的に見ていきましょう。
@健全な精神
コレは、いつも澄みきった清らかな心、という意味ではありません。
常にそんな精神状態の人は仙人とか解脱した人とかでしょう。
そうではなくて、無理なく日常生活が送れる程度の精神状態のことを言いたいのです。
日常生活を送るのがキツそうだ、と思われる状態のときは、まず何よりそれから脱却するしかないんです。
日常生活を送るのがキツイ状態とは、例えば学校に行くだけでストレスフルで家に帰ったらぐったりとか、ゲームにハマリすぎて他のことが何もできないとか、いつも思いつめて欝っぽい状態が長いとかです。
そんなときは、勉強とか成長とかを目指せる精神状態ではありませんよね?
しかし、子どもがこんな状態なのに、多くの親御さんは「勉強はさせないとまずい」とおっしゃいます。すると子どもの方も「勉強しなくちゃまずい」と思ってしまいます。
それが子どもの潜在的な逃避欲とぶつかって、よくて何も変わらず、悪ければ悪化します。
いいですか。いじめられているならいじめられないようにする方法を考え、ゲームにハマリすぎているなら叩き壊すかゲームで食えるようになると約束するか時間制限を約束させ、欝状態が長引いているなら休みと睡眠をたっぷりとらせるしかないんです。
とくに成長期は精神的に不安定になりやすく、睡眠も必要な時期ですので、平均睡眠時間が6時間というような状態では健全な精神は求められないでしょう。
テスト前はともかく、普段や休みの日はたっぷり寝るべきです。
朝食とか朝勉とか、そんなことはホント、どうでもいいんです。
ちなみに私は、休みの日は寝たいだけ寝ていました。起きたら夜だったこともあります。
高校時は週に1回は学校を休んでいましたし、遅刻回数は3ケタです。朝はほとんど食べない。それでも早稲田に入れます。
要は、子どもが落ち着いて将来のことや直近のテストなどのことを考えられるようでないと、主体的な勉強はできないし、主体的な勉強ができなければ頭はよくならないのです。
なお、不登校については、健全な精神を保ったまま不登校になる場合もあるので、保健室登校とか内申のこととか深く考えずに、どうしても学校に行きたくなければきっぱりと行かないほうが将来のためにはいいです。
詳しくはまた書こうと思いますが、学校にいくとか行かないとかよりも、健全な精神が大切なのです。不健全な精神で学校に行っても、害はありますが意味はありません。
A問題集が買えるくらいの経済力
もし子どもが塾に行きたがらない、もしくは行かせるだけの余裕がない方は、別に塾に行かせなくていいと思います。私がそうでしたから。塾へ行ったことがないのです。
だからこそ主体的な勉強を生徒に求めるんですね。
どこの塾へ行ったから伸びるとかではないんです。要は、頭を使うかどうかです。
話がそれましたが、もし子どもにやる気があり、しかし塾に行きたがらなかったり経済的に余裕がない場合でも、参考書・問題集・子どもがほしがる本などは、借金してでも買ってあげてほしいと思います。たとえ結果的に使わなくても、どんどん買ってあげてほしいと思います。
塾の費用に比べたら、それでもかなり安いですよね?
私が独学でなんとかなったのは、書籍類をたくさん買ったからだと思っています。
いいと思うものは片端から買いました。部屋中本だらけでした。
それでも読み込むものはホンの一部でしたけど。ほとんどは3日坊主。それでも親は文句も言わずに買ってくれました。感謝しています。
どんな本を買えばいいかとか、やり方がわからなければメールしてください。
yokohama-total@r8.dion.ne.jp
です。
以前も無料相談をしたことがありますし、無記名でかまいません。勧誘もしないので遠慮なくどうぞ。すぐに返信できるとは限りませんが、ご容赦ください。
B好奇心を奪わない接し方
子育て論になると長くなりますので、簡単にお話します。
キーワードは、強制しない、一緒に調べる、聞いてあげる、の3つに尽きます。
例えば英語。
小学生は、多くの子どもが英語に興味を持っています。中学1年の最初は、みんなわくわくしています。
最初は楽しいんです。あいさつなどを英語でしたり、発音したり。
けれどそのうち、単語を「覚え」、文法を「覚え」るように強制されます。それで、何割かが英語嫌いになります。
でもたぶん、最初は楽しみにしていたのです。でも、強制されて嫌いになったのです。違いますかね?
例えば科学。
「星ってどうなっているの?」子どもの素朴な問いかけです。
幼稚園児なら教えてあげてもいいでしょう。でも小学校高学年や中学生なら?
答えは教えず、調べ方を教えてあげるのが正解だと思います。
例えば夕飯時
「今日ね、先生が・・・って言ったんだよ。そしたら○○ちゃんがね・・・」子どもが話します。まさかテレビに集中してませんよね?
「○○にね、レアカードがよく出る店があるんだよ。」子どもが話します。まさか「そんなことしてないで勉強しなさいっ!!」って言ってませんよね?
「それであなたはどう思ったの?」「レアカードが出ると、どういういいことがあるの?」が対話ってもんじゃありゃしませんかい?
このように、毎日の、ホンの少しの親側の姿勢が、子どもを考える子どもにしていきます。
B基本的なしつけ
私は、異常にしつけられた子どもは信頼できません。貴族じゃないんだから、無礼でさえなければタメ口でぜんぜんかまいません。しかし・・・
人見知り以外の理由であいさつができない、お菓子をこぼしながら食べて拾わない、ゴミを床や外に捨てる、電話ができない、トイレを汚してそのまんま放置、授業中に大声を出す、という子どもが少なからずいます。
そして、そういう子どもは、成績が低いのです。
見つければ言いますよ。その子のためですから。しかしトイレや食べこぼしなんかは誰がやったかわからないこともあり、指摘できないことも多々あります。
勉強部屋なんかどんなに散らかっていてもかまいませんが、公共の場を汚さないようにしつけてはいただけませんか。それが子どものためになります。
甘やかすのと、甘えさせるのは違います。子どもが甘えたがっているときにはたっぷり甘えさせてあげてください。でも、甘やかさないでください。その逆をやっておられる方がいらっしゃるのでは? と感じています。
D他人に共感できること・コミュニケーションが取れること
「EI」(Emotional Intelligence=情緒の知能指数)で紹介した、最も大切な基本的情緒の1つです。
これができないと、まず友達ができない。
そして国語ができない。
ついには社会に出てから困る。
最悪のケースでは犯罪者になることもあります。
「強盗や強姦などは、他人の痛みがわからないせいである」とダニエル・ゴールマンは著書で述べています。
自分も他人も、人として命として平等であるという感覚は、絶対に必要です。
コミュニケーション力は、勉強においても会話においても、「問いに答える」ために必要です。
コミュニケーション力は、おしゃべりとか口がうまいということとは全然違います。
むしろしゃべりすぎの人は、自分が思っていることも伝えられないし他人の意図など斟酌しない場合があります。それをコミュニケーションとは呼びません。
コミュニケーションとは、他人の言うことが理解でき、自分の考えを他人に正確に伝える能力のことです。
これは、勉強のどんな科目にも、人生のどんなシーンにも必要な能力です。
ペーパーテストですら、「問いに答えて」いない答案は実に多いのです。それだけでかなり失点となり、難関大学への道は閉ざされるといっても大げさではありません。
そして、面接。就職する際には、必ず面接があります。
面接が上手な人と苦手な人では、ずばりコミュニケーション力が違います。
面接員の意図を汲み取り、自分の意図を正確に伝えることができることがスタートラインです。志望動機がうまく言えるとか、特技がどうとかは、実はその次の話なのですね。
E他人を疑うことができること
これは意外に思われるかもしれません。
しかし、他人の言うことを全部信じながら、一生を平穏に送ることができると思いますか?
思うわけないですよね。世の中、それくらいせちからい。
理想を言えば、人を疑いたくはない。当たり前です。しかし悪いやつは必ずいます。
そして、正義が必ず勝つわけではありません。嫌になりますね。
では、どう生きればいいのか。
それは、情報を収集し、選別する力を養うことです。
そしてその情報収集・選別力が、勉強にも非常に大切な能力になります。
問いに答えるとき、情報を取り出し、必要か必要でないかを判別する必要があります。
それを意識的にやると勉強ができるようになります。
そして意識できるようになると、必要な勉強と必要でない勉強も選別できるようになります。
大量に宿題を出す塾では、このように宿題を選別し、やる問題とやらない問題を分けるべきです。勉強時間は短いに越したことはありません。難しいですが、意識しなければいつまでもできるようにはなりません。
また、塾や学校をも疑うべきです。何のために夏期講習を50コマも勧めるのか、何のために宿題を出すのか、何のために規則があるのか。
もちろん私も疑ってください。疑うべきです。
疑う能力は社会に出てからも役立つ能力なので、何でも疑うように、疑問を持つようにしてください。
ときに疑問は、好奇心や将来の職業に生まれ変わるかもしれません。
正義が必ず勝つわけではありませんよ。
Gよい指導者との出会い
HP版教育は”人”であるにも書いていますが、勉強でもスポーツでも芸術でも、よい指導者に出会うことこそ上達の早道です。
指導者の言を受け入れ、指導者のまねをしてこそ、上達するのです。
ここで当たり前のことを言います。
指導者は、少なくとも自分より上でなくてはいけません。当たり前でした。
あるスポーツで、金メダルを目指す子どもがいたとします。でもその子の指導者が県大会ベスト8くらいの選手だったら、その子はどうすべきでしょうか?
答えは簡単ですね。早い段階で別の指導者を探すか、その子が自分で研究し努力して指導者を越えなくてはなりません。
勉強も同じことです。正直に言います(私のHPは全部正直ですが)。
塾講師も教師も、自分の偏差値のレベルまでしか指導できません。
講師や教師が、大学入学後にどれだけ勉強していたとしても、大学入学時にできなかったことは指導できません。これは真実です。
なぜなら、受験は「時間」という要素があるからです。
もし日本史だけ何年でも勉強していていいなら、すごくできるようになるでしょう。教えられない知識はないくらいに。しかし5教科7科目の中で日本史をいつどれくらい勉強したらいいのか、またあと半年でMARCH文系に合格するには何をすべきで何をすべきでないかなどは、経験した者でないとわからないのです。講師経験をいくら積んでも、それは実感としてわからないのです。
よって生徒は、自分の目指す大学に入った講師に習うのが最高なのです。
少なくとも自分の目指す大学より偏差値の高い講師であればよいのです。
ここで少しご忠告します。
よく、「学歴の高い講師はできない子の気持ちがわからないのではないか」と心配される方がおられます。
もしかしたら、講師に傷つくようなことを言われたことがあるのではないかとお察しします。
しかしもしそうなら、残念ながら学歴が高いせいではありません。
性格のせいです。これは断言できます。きっと勉強しかしてこなかったのでしょう。
勉強だけの人間には、確かに人を育てることはできないですね。
また、人をバカにするような発言を無意識にするような人間は、講師・教師には絶対に向かないので、そういうやつは同じようなクレームを何度も受けています。
一方、学歴が高く指導力も高い講師・教師は、勉強ばかりしてきたわけでは決してありません。
勉強のできる喜びも知っているけれど、勉強以外にもたくさんの経験を積んでいます。
人としての心を持っています。
そして何より、勉強ができるようになる「階段」をきちんと知っていて、講師として経験をつみながら、常に「階段」を増やす努力をしています。
なのでその子がいまどの階段にいるかを見極めることができるし、次の階段もゴールとなる階段もちゃんと知った上で授業をしています。
つまり学歴が高く指導力も高い講師・教師は、「階段」をたくさん知っているし、自分の持っている階段が長いのです。
ですから学歴や経歴にとらわれず、講師や教師とは会って話して、子どもから評価を聞いてもらえればいいと思います。
念のため申し上げます。
そういうわけで横浜トータルアカデミーでは、私大はずべての大学の指導、国大は旧帝大レベルの指導できます。
しかしながら東大・京大を目指す方だけは、指導できません。申し訳ありません。

